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2016.7.2 ふくしま浜風 曳航

洲本港沖で製造されていた「ふくしま浜風」海上風力発電3基の内1基

紀伊水道洲本市由良町成ケ島と和歌山県友が島の間を移動していました。


 

皆さんこんにちは、コモドアのページへようこそ!

 

今回、第一回目の掲載です。

 

ヨットと言う言葉について記述致します。

 

長いですが、ご興味があればご覧ください。

 

                     

 

 

 

International Yaching Fellowship of Rotarians の略がI.Y.F.R.です。

 

ここに出てくるYaching ですが、ヨット遊びと訳すのか?

 

I.Y.F.R.に於いては、恐らく海遊びまたは、海好き、船好き、海辺好きと広範囲な訳になると私は思います。訳と言うよりは、その様に解釈すべきではないでしょうか。

 

ヨットとは、「豪華な遊び船」を意味します。

 

 ヨットと言えば、私も含めセーリングヨットを思い浮かべてしまいます。

 

モーターボートと言えば、帆は無く、エンジンの力だけで走るスポーツカーの様な船を想像します。

私も船の話をする時に分からなくなってきます。

 

では、どの様に表現ことばにすればいいのでしょうか。

 

 私は、日本に於いて国土交通省の定めるプレジャーボートは、私的に海上で遊ぶ船(タイプは関係なく)の総称だと考えます。

 

その事からヨットは、プレジャーボートの中に含まれ水上バイクやジェットスキーを除くものの総称と認識しています。

 

つまり総称であるヨットの中でも、帆走が出来るヨットをセイリングヨット(sailing yacht)または、帆船セイルボート(sailboat)や、種類によってはモーターセラー(motor sailer)と呼び、帆走の設備がなくエンジンのみで走行するヨットをモーターヨット(motor yacht)または、モーターボート(motor boat)と呼び分ける方が理解しやすいのではないかと思います。

 

 また、クルーザー(cruiser)と名がつけば、発動機やキャビン、キッチンやベットルームなどの装備があり長期巡航できるヨット(総称)の事を指します。

 

 

 

では、なぜヨットと言うと帆船を思い浮かべるのでしょう。

 

風によって進む帆船や手漕ぎ舟は、紀元前から有るとされています。

 

それは、ヨットの語源の歴史に関係します。

 

元来、ヨットとは、「豪華な遊び船」を意味します。

 

ヨットの起源は、14世紀オランダと言われ、当初は、高速帆船で、jaght schip、略して“jaght”(ヤハト)と呼ばれていました。ヤハトとはオランダ語で「狩る」「追いすがる」といった意味です。その高速性や俊敏さから海賊を追跡したり、偵察などに用いられるよう建造されるようになり、 17世紀には金持ちの娯楽としてセーリングが大々的に流行するようになり、スペールヤハトと呼ばれる専用のプレジャーヨットが造られるようになりました。

 

 

 

1660年にイギリスのチャールズ2世は、オランダより寄贈されたヤハトを好み、イギリスの水路事情に合わせ改良を施し、発音に基づいた英語として“Yacht”と名前を改めました。これがYachtの語源と言われています。

 

チャールズ2世とその弟ジェイムスは、同種の船を12隻建造し、軍用や王室行事などに使用したため、イギリス貴族の間でもプレジャーヨットが流行しました。記録に残る最初のヨットレースは、1661年にチャールズ2世とジェイムスがグリニッジからグレイヴズエンド間で行ったレースです。

 

 

 

1720年には、記録に残っている最古のヨットクラブ「コーク・ウォーター・クラブ」がアイルランドに設立されました。現在の「ロイヤル・コーク・ヨットクラブ」です。 以後、19世紀にかけてヨーロッパ、アメリカの王室や富裕層を中心にヨットを嗜む人が増え、各地にヨットクラブが設立されました。

 

 

 

19世紀後半にはディンギーと呼ばれる小型艇のレースも始まり、第一次世界大戦後に盛んになりました。当初は参加者がそれぞれに設計したボートで競われていたが、1875年にイギリスで設立されたヨット競技協会(YRA)によって統一的なルールと6段階のクラス分けが制定された。

 

1907年にYRAは国際ヨット競技連盟(IYRU)となり、国際的なレース規則とヨットのサイズなど仕様標準が定められました。

 

また、19世紀末から20世紀にかけてヨットによる冒険航海が流行しました。ジョシュア・スローカムは1895年から1898年の3年に渡って、ヨットによる単独世界一周を成し遂げました。

 

日本においては1861年(文久元年)に長崎で英国人船大工が貿易商オルトの注文で造船された「ファントム号」や、同年、外国人たちが開催したヨットレース「長崎レガッタ」が初めてのものといわれています。

 

また、1882年(明治15年)には横浜の本牧で日本人により初めて建造され、神奈川の葉山で帆走したことから、葉山港には日本ヨット発祥の地と刻まれた碑が建っています。

 

この様なことからヨットレースが、世界最高峰、最古のスポーツイベントと呼ばれています。

 

その名も「アメリカズ・カップ」。1851年にイギリスで行われた、ワイト島一周レースがはじまりといわれ、このレースの優勝艇が、アメリカ合衆国の「アメリカ号」でした。この船のオーナーは、ビクトリア女王から送られたこの優勝カップを「ニューヨーク・ヨット・クラブ」に寄贈しました。このカップの贈与証書には、次のような言葉が書かれていたのです。

 

 

 

「カップの保持者は、いかなる国の挑戦も受けねばならない」

 

 

 

これにもとづいて、1870年に行われたのが第1回「アメリカズ・カップ」です。

 

ただ、このレースの起源となったイギリスは、このカップを授与してから今まで、このカップを取り戻した事がありません。

 

1983年にオーストラリアに敗れるまで、132年間にわたり「ニューヨーク・ヨット・クラブ」が勝ち続けていたからです。これは、世界スポーツ史における偉業の一つでもあります。

 

 

蒸気エンジン付きのヨットはイギリス人トマス・アシュトン・スミスによって19世紀半ばに初めて作られましたが、蒸気エンジンは騒音が酷く扱いが難しいため普及しませんでした。その後、19世紀末から富裕層の大型ヨットに装備されるようになり、20世紀にガソリンエンジン、ディーゼルエンジンが普及するにつれ、動力付きのヨットは一般人にも手が届くようになりました。そして第2次世界大戦以後、ヨットの素材に化学繊維やグラスファイバーなど新素材が取り入れられ、ヨットはより安価になり水上スポーツ人口を大幅に増加させました。

 

このような歴史で分かるようにそもそものヨットはセイリングヨットであった為我々も帆船を思い浮かべるのも仕方のないことかも知れません。

 

ただ、当時の富裕層の人々は、「豪華な遊び船」を全てヨット言い、帆走出来ようが、エンジンで走ろうが、自然相手の「豪華な遊び船」として、また「豪華な社交船」として、ヨットを楽しんでいたのでしょう。

 

まさにI.Y.F.R.とは、世界中のロータリアンの友情を深める為の豪華な遊びの集まり(船)と私は、解釈いたします。

 

I.Y.F.R.で言う船とは、集う場所を指し、できれば水辺で豪華に遊べる場所()ではないでしょうか。

 

                                                  2016.April.1

 

                          神戸フリートコモドア

 

                               宮 昭久

 

 

 

追伸、アップしようと日付を入れると今日は、エイプリルフール・・・

 

   決してそんなつもりでは・・・

 

   誤字脱字その他間違い等ございましたらメールでお知らせください。

 

       41日と言うことで笑ってお許し頂ければとも・・・・・。

(参考文献 ウィキペディア)